【経営者向け】実例、巨額横領詐欺事件の調査とその後の対応

※これは実際に対応した巨額横領事件の調査と対処になります。本記事には犯行の手口などが記載されております。無断転載、無許可リンクを固くお断りします。

※複数対応した法人案件の一部を抜粋して記事にしております。事件の特性上、また現在刑事と民事で裁判中の為、登場する企業等は伏字とさせていただきます。

 

●事件概要

STCCの相談窓口より日本の一部上場企業(以下、依頼企業)の上海支社の担当者田中氏(仮名)より相談があったのが始まりだった。

そこには3枚の請求書があり、内2枚は同じ社名、1枚は別の社名での請求書でした。しかしこの3枚の請求元企業の担当者印は同じもので陳氏(仮名)、この請求書を依頼企業の本社に上げた依頼企業社員の李氏(仮名)。それを見せられ「どう思うか」と聞かれた。

 

実は依頼企業はメーカーで、中国の某都市郊外で中国の大手企業より依頼を受けて、工場の設備工事及び設置を行っている。当初の予定では約2億円の利益予想で工場設備を受注した。

しかし1年半が経過し、予想利益が▲4億円になる見込みとなり、会計監査に指摘され、上海支社が調べることになったのだという。

 

まずは3枚の請求書。

請求書には社名、公章、法定代表のサインがあり、振込先銀行口座もある。

とりあえず現場でこの請求書にある会社(A実業とB国際貿易)を簡易的に調べたが、実在する会社である。ただ登記住所は明らかに園区などから借りている住所であったため、実際の連絡先住所を年検の記録から調べた。

連絡先住所は普通の住宅であった。しかし、これは中国では不思議な事ではなく、ごく当たり前の事である。過去に大江戸温泉物語の騒動の際、TBSが偽物と言われていた現地法人の登記住所に行き、存在しないと騒いだ事があったが、これも中国では普通の事であり、市場監督局も連絡先住所が正常であれば問題なしとしている。

 

ただ社名が違うのに、請求元企業の担当者が同じ陳氏である事、請求書の内容も雑であることから、架空請求や水増し請求を疑うには十分だった。

 

そこで依頼企業の社員李氏の履歴書と職務経歴書の写しをもらい、まずはここから調査する事となった。

李氏を調べると、李氏自身も会社を作っていることが分かった。しかし依頼企業に確認すると李氏の会社名での請求書は無いという。ただ李氏の会社の連絡先住所が、依頼企業本社が李氏のために借りている部屋である事がわかり、依頼企業からの家賃で自分の会社を経営していることが分かった。

また李氏の過去の経歴で日本国内での職務経歴がある。そこで過去に勤めた会社を調べると、勤めていた会社が上海に支社を出し、李氏は当時、上海支社の総経理として勤めていた。

そこで上海支社の登記を調べると、調査当時で董事の中に請求書にあった陳氏の名前があった。

つまり李氏と陳氏は数年前に日本で知り合っていたのだ。

そこでこの上海支社の今の総経理に聞き込みを行った。すると当時使途不明金が1000万円以上あったという。李氏は上海支社の経費が無くなったといい、何度も日本に戻り、この会社から経費分として毎回数百万円を現金で受け取り、ハンドキャリーで上海に運んでいたという。当時の上海支社の規模を考えれば、こんなに経費が掛かることは無いわけで、またハンドキャリーで資金を運ぶようにしていたことから、実際には表に出せない金になる。当然、横領し放題なのだ。

つまり李氏はこの当時から横領癖があったのであろうと予測できる。

ちなみに李氏は依頼会社に入社後も、会社が借りている部屋の家賃や光熱費、仕事での諸経費を依頼企業本社に請求し、現金で受け取ってハンドキャリーで上海に持ち込んでいた。おそらく小額ではあるが、横領していた可能性はあるが、現金の流れなので立証はできない。ちなみに李氏が請求していた家賃は妥当な金額だった。

 

とりあえず材料は出揃った。依頼企業が受注した工場設備の施工を監督する李氏は、以前からの知り合いの陳氏に会社を作らせ、この会社A実業とB国際貿易を仲介管理会社として、人員の手配や資材の輸入、輸送を行っていたわけだ。

そして考えられる横領詐欺としては、陳氏のA実業とB国際貿易に水増し請求をさせて、差額を着服していた。

ストーリーとしては悪くないが、これでは起訴することはできない。そもそも請求金額の妥当性を主張されれば、立証責任はこちらにある。A実業とB国際貿易から李氏にお金が流れた証拠はない。

そもそもだが、A実業とB国際貿易が出している請求書は誰が見てもいい加減なもので、いくら日本と中国の違いがあるとはいえ、依頼企業本社がこのいい加減な請求書を決済するだろうか。疑問が残る。

 

そこで依頼企業に今回の工場設備施工の担当取締役(以下、担当役員)について聞いた。

すると過去に無錫で某企業に勤務し、その後、依頼企業に入社したという。「無錫の過去…」

私は正直に担当役員も共犯の可能性を考えていることを伝えた。そして経歴書の写しを頂けないかを聞いた。当然、取締役を疑われたとあっては良い気はしない。多少怒られたが、きちんと私の推理と経験を説明し、可能性がゼロでないことを伝えた。

 

それから2か月ほど経過しただろうか、李氏と陳氏の調査は継続していた。

そんな時、依頼企業から担当役員の経歴書が届いた。依頼企業の話しでは取締役会に今回の大赤字に関して不正の疑いを指摘したら、担当役員は汗だくになり目が泳いだという。

それで依頼企業も疑うようになり、調査の為、担当役員の経歴書が届いたのだ。

そこで、こちらからも依頼企業に協力をお願いし、担当役員の入社経緯、李氏の入社経緯を人事で調べてもらうことにした。

 

やはり怪しいのは無錫。なぜ無錫の企業を退職したのか。どういう経緯で依頼企業に入社したのか。

 

調査の結果、無錫の某企業の話しでは、当時、この担当役員に対して横領の疑いがあったという。使途不明金が多数あり、損失もかなり出たという。しかしながら証拠をつかむことができず、依願退職となったのだという。

その後、取引のあった依頼企業に入社した。

 

この担当役員は無錫で悪さをしていた。悪さをする奴は仕事につながるネットワークも持っている。だから自分が主導できるし、横領もできる。

担当役員は自分のネットワークを引っ提げて入社したのだ。そして李氏に関しては担当役員が声を掛けて入社し、自分の部下にしていた。

つまり、担当役員、李氏、陳氏、そして担当役員のネットワークは以前からつながっていたことがわかった。

しかしこれだけわかっても、金の流れを立証できないかぎり起訴はできない。

 

そこで私の提案で李氏を落とす事にした。現在、確実にわかっていることは、李氏が会社が借りている部屋を自分の会社の住所にしていて、自分の会社でも仕事を行っていること。これは依頼企業の職務規定違反にあたる。

そして李氏、陳氏が日本国内でつながっていたこと。

李氏の違反行為などを武器に、李氏と自供の取引を持ちかけることにした。

 

日本からは事業本部長や常務が上海に集まった。

私の作戦は李氏を呼び出し、証言させ、その内容の供述書を作成し、尚且つ銀行の取引記録を出させるというものだった。

 

会場は上海市内のホテルの会議室。当初は日本で事情聴取をする話もあったが、私の提案で上海となった。理由は李氏は日本の依頼企業に登録されているとはいえ中国人。日本で犯罪を犯す外国人の心理として母国に逃げれば大丈夫というのがある。ところが母国で事情聴取をすれば逃げ道はない。まして日本と中国では中国の方が罰則も厳しいし、身分証がブラックになれば人生が終わる。逃げる場所が無くなるのだ。

会議室には2台のカメラを李氏にわかるように設置。カメラの故障を危惧しICレコーダーも全員が持つようにした。

カメラをわかるように設置するのには意味がある。中国は証拠が全て。ドライブレコーダーや町の監視カメラの普及率からもわかる。中国人はカメラに弱いのだ。

そして普通ではない雰囲気、ここまでやることで「全てわかっているんだぞ」という雰囲気を作り出す。

 

李氏は時間通りにホテルの会議室にやってきた。

事情聴取は実際は5時間以上行われたのと、聞き方や心理作戦など、私の自供させるための技術もあるため、ここからは重要な部分を掻い摘んで流れを話す。

 

まずは確定している住宅家賃の横領。李氏には李氏の会社の年検記録やその他調査結果を突き付け、自信の会社である事、会社が借りている部屋を自分の会社の住所にしていたことを認めた。つまり依頼企業のお金で自分の会社の家賃を払っていたことになる。その額は約25万元。李氏はお金は返還するが、今はお金が無いという。そこで、このお金に関してはこの後の李氏の態度次第で交渉できるという逃げ道を残して、話を本題に切り替えた。

 

まずは大赤字になった理由を監督している李氏に聞く。李氏は追加経費が発生したのと、設計図の遅れ屋変更から工期が延びていると言う。また追加の材料などの仕入れが発生しているという。想定通りの回答だ。これは依頼企業もわかっていることであり、事実でもある。しかしこれが億を超える赤字を産む全ての原因ではない。

 

そこで今回のきっかけになった請求書を提示し、陳氏と李氏がもともと日本の企業で一緒だったことを指摘し、我々はもう全てを知っていて、李氏と陳氏が組んでやったかのように話を持っていった。

すると李氏は陳氏との関係は認めたが、請求書は知らないと言う。しかしこの請求書は李氏が依頼企業本社に出した物。知らないはずがない。とっさに出た嘘だとすぐにわかった。嘘を言うという事は、そこに真実が隠れているという事。そこで、全て陳氏が単独でやったのならそれでいいと付け加えた上で、A実業とB国際貿易の法定代表について聞いた。

李氏は「A実業の法定代表は陳氏の親戚」と答えた。B国際貿易に関しては「無錫の女性だ」と言った。

ここでまた一つ無錫でつながった。そう担当役員が前にいた会社の所在地が無錫である。

そこで私は担当役員の名前を出し、担当役員の命令でやったのかと聞いた。李氏はB国際貿易の法定代表は無錫の飲み屋の女で、担当役員の愛人であることを明かした。さらに李氏は請求書に関しては「値段が高すぎると感じていた」と話し始めた。

 

からくりはこうだ。担当役員は無錫の愛人に会社を作らせ、その会社を通して李氏と陳氏に水増しした請求書を書かせ、依頼企業本社は担当役員の愛人の会社の口座に送金。そこから必要経費を李氏に渡し現場監督させていた。差額は担当役員が着服していたわけだ。

それにしても億を超えるお金。私は李氏に担当役員はこの金を何に使っているのかを聞いた。

李氏はよくはわからないが、無錫ではかなり高額の食事を毎回ご馳走してくれた。上海では毎回アクアマリンに行き、1回で2万元くらいは使っていたなど話し始めた。

 

これで担当役員の横領の証言を得ることができた。あとはお金の流れの証拠。

全ての解明は現段階では困難だし、裁判にならなければA実業とB国際貿易の口座の記録は出せない。

そこで事前に調べてあった、香港経由での送金について聞いた。実は香港経由のお金は税金対策もあり、香港から李氏の親戚の会社にわたり、そこから李氏が管理して現場で支払っていたという事になっている。

李氏は自分の罪を軽くするため、すでに全面協力する約束をしている。そこで李氏の口座を開示するように話した。

口座を見ると確かに香港経由のお金があり、定期的に数十万元単位で現金で引き出されている。

これについて聞くと、担当役員に命じられて現金で引き出し、その日のうちに担当役員に現金で渡していた。渡したお金を担当役員が何に使ったはわからない。飲み屋や愛人に使われていたのだろうと話した。

これらの話しを供述書に起こし、李氏にサインさせて事情聴取を終了とした。

 

あとは日本の弁護士の仕事である。私の仕事はここまで。

その後の事は聞いた話では担当役員は横領と特別背任行為で刑事と民事で起訴。李氏に関しても業務上横領で全額返還の民事訴訟となったと聞く。

 

億を超えた横領金。多くは担当役員が中国内の銀行にため込んでいた。中国で第二の人生を送ろうと思ったのかは知らないが、彼の第二の人生は刑務所の中になるであろう。

 

●総括

昨今、大手企業を始め、中国国内での横領詐欺事件の発覚があいつでいる。ニュースに取り上げられた物でも数多くある。

その多くは現地で雇用した中国人幹部による横領詐欺だが、中には日本人も共犯となり横領をする場合もある。

細かいもので言えば、タクシーや飲食の個人利用を会社で精算するものから始まり、水増し請求や今回のように現地で愛人や知人に会社を作らせて、そこを経由させる場合もある。また貿易を行う会社で多いのは、物流業者に水増し請求させ、キックバックも貰う場合もある。

これらの発見は容易ではなく、どの企業も赤字になって初めて疑う場合が非常に多い。

 

ある日本企業では、最初の日本人総経理に上海支社を任せていた時は毎年1億の赤字だったという。総経理を帰任させ、別の社員を総経理として赴任させたら翌年から2億黒字になった。

こんなバカげた話が現実に多いのだ。

 

今回の事件もそうだが、その背景には飲み屋で作った愛人に溺れた日本人の存在があったり、以前、無錫で対応した案件では日本人総経理が蘇州の愛人にマンションを買う約束をしたのだが、日本人経理部長が真面目で、細かい横領ができない。そこで総経理がとった行動が、経理部長をハニートラップにかけ、わざと会社に陪酒小姐を乗り込ませた。それを撮影して本社に報告し帰任させ、自分の右腕を経理部長にしたなんて事件も対応したことがある。

 

おそらくみんな日本にいたときは非常にまじめな人達だったのであろう。しかし中国に来て、愛人に溺れ、超拝金主義の中国の中でお金に対する欲望も増え、また日本ではなかった自分に与えられた権限が錯覚を起こさせ、横領や詐欺に手を染めてしまうのだろう。

 

ではこれらを未然に防ぐ方法はあるのであろうか。

それは赴任させる社員の人間性を見極めて…、なんていうのは不可能である。中国に来てから開花してしまう人がほとんどだから。

ではどうするか。定期的に監査を行い、使途不明金などをあぶりさす行動を行い、現地社員を含め、横領しにくい環境を作り上げていくしかないのだ。それが個人利用の飲食費用でも上限を定めたり、禁止にしたり、会計担当としっかり精査し、違法行為ができない環境にするしかない。

そして発見した場合はそれを隠すのではなく、見せしめとまでは言わないが、しっかり懲罰を与えるルール作りも必要であろう。

 

テレビドラマや映画のような事件が、実際に起こるのが中国である。おそらく中国だけではないかもしれないが、実際に中国で対応しているため、中国で起こっていることは事実である。

黒字だから良いのではなく、赤字になってからでは遅い現実。またこのような事件が発生した場合の対応に費やす労力や経費、株主への説明など、全てがマイナスであることは間違いない。

難しいのかもしれないが、実際に事件を対応する者として、これらが発生しない環境を整備することが重要であると感じるのである。

 

 

 

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