●情報
今回の豆知識は夜の店の陪酒小姐に話しても「???」で終わってしまいます。
しかし社内の上海人従業員や上海人の取引先には有効です。
中国の省や直轄市には必ず別称(中国では簡称)があります。主要都市でも別称があります。
別称を良く目にする場所は車のナンバーや高速鉄道の路線名や高速道路などで見ることができます。
例えば北京なら「京」。だから北京の車のナンバーは「京ナンバー」です。上海は「滬(沪 Hu)」、主要都市だと南京は「寧」(車のナンバーは江蘇省の「蘇」を使い「蘇A」。蘇州は「蘇E」。無錫は「蘇B」)というような感じです。
例えば北京と上海を結ぶ高速鉄道の路線名は「京滬高鉄」。上海と南京を結ぶ高鉄は「滬寧高鉄」で高速道路となら「滬寧高速」というような感じです。
上海の別称はタイトルに有るように「滬」と「申」です。
「申」に関してはあまり見ないかもしれませんが、例えばサッカーの上海申花とか上海地下鉄の社名は上海申通地鉄集団有限公司。
中国では「申(申城)」は上海市を指します。
で、今回はこの別称の由来についてお話しします。
タイトルでは「黄浦江」も入れています。黄浦江は外灘でも有名な場所を流れる川の名前です。
なぜ黄浦江を入れたかというと、名前の由来が「申」と同じだからです。
したがって「滬」と「申&黄浦江」と分けてお話しします。
特に「申」と「黄浦江」の話しは上海人にウケる話になります。また無錫や蘇州でも由来源に関しては使えると思います。
ではまずは「滬(沪)」についてお話しします。
そもそも「滬」とは何なのか。
答えは漁具の名前です。
日本語では「えり」といった漁法を指し、琵琶湖で見ることができます。
上海の海岸線は数万年前までは松江まででした。松江にある古代の遺跡「広富林遺跡」などが有名で、今では観光地になっており、古代の遺物や生活風景の展示などもあります。
その後、長江の堆積物と海流によって州が広がり、6000年前には今の地形になったと言われています。
したがって上海の海岸線は遠浅で、滬という漁法(漁具)で魚を取る漁師村だったのです。
※一応おなじみのブラタモリ風(笑)
上海に唯一残る漁師村に行ってみました。
下の写真。以前は手前のテトラポットまでが海でしたが、数年前に沖に巨大な堤防を作り干拓されていました。

沖に堤防を作っただけで、これだけの土地が広がります。つまりこれだけ遠浅だということです。
また以前の海岸線が手前のテトラポットだったという証しに、この撮影場所の後ろに「海岸瞭望台」という塔が立っており、今でも残っております。

これは海賊の上陸を見張るために立てられた塔で高さは6m。これができた当時は杭州湾で最も高い建造物だったそうです。
下部の穴は日本のお城にもあるような挟間のようになっており、上の穴が見張り窓だったそうです。
そしてこの海岸で行われていた漁が「えり(滬)」だったのです。

海底に竹をいくつも刺し、そこに網を張ります。むかしは網ではなく竹を編んだものだったそうです。
この光景は琵琶湖でも目にすることができます。
このような「滬」で黄魚などを捕っていたことから、上海の別称が「滬」となりました。
ちなみに先の漁村ですが、黄魚の干物などが有名で、道路沿いに干物を作っている台が並んでいる光景が、どこか日本の漁港と似ている気がしました。やはり日本の漁法なども中国から伝わってきたのかもしれませんね。

上海の別称「滬」は「滬(えり)」という漁法で魚を捕る漁村だったから「滬(沪 Hu)」となったわけです。
次に「申」と「黄浦江」の名前の由来のお話です。
時はさかのぼり紀元前240年頃の戦国時代。ちょうど漫画「キングダム」の時代。
今年の4月から放映されているNHKのアニメ「キングダム第3シリーズ」(実際は去年放映でコロナの影響で今年に延期)で舞台となっている「合従軍の函谷関の戦い」の時代にさかのぼります。

©キングダム

©キングダム
戦国七雄の時代、中華には魏、趙、韓、斉、楚、燕、秦の7国が覇を競っていました。
秦の蒙驁将軍が魏の山陽を奪い、この地に秦国東郡を設置したことで、燕と斉を除く5か国が秦と国境を接するようになりました。
各国は秦の拡大を脅威に感じ、趙、楚、燕、魏、韓の5か国は共同で秦を攻めるべく合従軍を結成、秦に攻め入りました。
この合従軍の総大将が楚国の宰相春申君(本名:黄歇 )でした。
※キングダムでは趙の宰相李牧が合従軍を組んだとしておりますが、史実では李牧は趙では宰相ではなく将軍。また合従軍の戦いにも参加しておりません。

©NHKキングダム
キングダムでの春申君の紹介

©NHKキングダム
紀元前241年、春申君を総大将とした合従軍は秦に攻め入りますが、函谷関で秦国の猛反撃に遭い、合従軍は破れてしまいます。
総大将を務めていた春申君は食客を3000人も抱える有力者であったが、合従軍の敗北を期に権威を弱めてしまいます。
楚王である考烈王の信頼も失いかけたと言います。
それでも楚の宰相である春申君は秦国の拡大を懸念し、楚の王都を郢(今の河南省信陽付近)から寿春(今の安徽省淮南)に遷都します。
同時に宰相春申君は長江の東部(今の南京、無錫、蘇州、上海など一帯)に封じられ領主となります。
この長江デルタ一帯の治水工事を進め、低湿地帯だったこの地を開拓したと言われています。
とくに華亭(今の上海松江)では水利の効果は大きく、広大な農地を手に入れたとされています。
その功をを称え、松江には春申君祠という廟と像があります。

そして今ではこの一帯を松江区春申村と言い、高鉄の「春申站」もあります。
影響力と功績の大きさが伺えます。
他にも無錫や蘇州にも春申君廟や祠、像があります。
中国では関羽同様に春申君も神格化され「水の神(道教)」とされております。
もうお分かりと思いますが、上海の別称の「申」は、この華亭(上海)の地を開拓した「春申君」から取って「申」となりました。
その後の春申君ですが、権威を失いつつあった春申君は考烈王の死後の心配をするようになります。
合従軍で敗れて権威を失いつつあった春申君はかろうじて考烈王によって地位を保っていました。
しかし考烈王が崩御すれば、春申君の権威も失いかねません。
そんな春申君に近づいてきたのが李園という人物です。キングダムにも少し登場します。
李園にはものすごく美人な妹がいました。李園は春申君に妹を紹介し、楚の政権に食い込もうとします。
春申君も李園の妹に一目ぼれ。春申君の側室としました。
側室になった李園の妹は春申君の子を妊娠します。
そのころ考烈王はなかなか子供ができないことに悩んでいました。
春申君はもし李園の妹が子を産み、それが皇太子となれば、考烈王の死後も権力が保てると考えます。
そこで春申君は自分の子を妊娠している李園の妹を、妊娠していることを隠して考烈王に差し出します。
そして春申君の子供は、何も知らない考烈王の皇太子として生まれます。
考烈王が崩御すると、皇太子が即位し幽王となります。
同時に王を産んだ母親の兄である李園は楚の高官に取り立てられます。李園は目的を果たしたわけです。
しかし李園にも不安がありました。
それが春申君でした。
春申君は幽王が考烈王の本当の子供ではない事を知っています。
もしそれが世に広まれば李園は殺されてしまうでしょう。
そこで李園は春申君の暗殺を企て、春申君を幽王に謁見させるという名目で宮廷に呼びます。
宮廷では帯刀は厳禁です。
丸腰で登城した春申君を李園は暗殺しました。首は城外に放り投げられたと伝えられております。
春申君は中華一とも言われる頭脳を持つ宰相でしたが、その最後は権力、策、女で没してしまいます。
まさに魔都上海にはまった最後のようですね。それが上海の別称「申」です。
そして最後に黄浦江。
以前の「箸休め企画」で上海の名前の由来を紹介しました。
その時にも話しましたが昔の上海は華亭と呼ばれており、この松江一帯が中心地でした。
その後、水運を使った物流が盛んになると、呉松江(現在の蘇州河)がその水深から、大型船が現在の虹口区にあった「上海浦(現在は無い)」という川の付近までしか入れないことから、「上海浦」に政府を設置し、それが「上海」の始まりになりました。
しかし呉(現在の蘇州)への物流は増加します。
さすがに上海での積み替えには限界が来ます。
そこで上海は新たな運河の計画を立て、呉松江にかわる運河が建設されました。
長江から呉松江に入り、その流れを南に向け、巨大な運河を作ります。
それが現在の黄浦江です。
新たな運河は長江河口から一気に太湖に行ける大動脈となりました。
当時の川の呼び名は大河は「江」、小さな川は「浦」と呼びました。
(※呉国で使われていた呼び名です)
そして新たな運河の名前を水の神である春申君の本名「黄歇」から取って「黄歇浦」と名付けました。
それがのちに「歇」の字が省略され「黄浦」となり、「黄浦江」となったのです。
「海の上に都市だから「上海」。水が黄色いから「黄浦江」。」なんて言う人に差をつけましょう(笑)
上海の別称「滬」「申」そして「黄浦江」。
由来を探ると紀元前までつながっていました。
特に「申」と「黄浦江」の由来となった春申君。
ちょうど今放映している、NHKアニメ「キングダム第3シリーズ」に登場します。
アニメなので若干史実とは異なりますが、大人でも十分楽しめるアニメと漫画になっています。
アメトークでも2015年に「キングダム芸人」として取り上げられるくらいです。

2019年には実写映画にもなっています。続編も制作が決まっています。

©映画「キングダム」制作委員会
せっかく上海にいるのです。
もし時間があれば上海にゆかりのある春申君が登場するアニメも見てみてください。
日本にいる人たちとは違った見え方がするかもしれませんね。
以上、上海の別称の由来でした。